ANA国内線【PR】
じゃぁ、またね。
今朝、また一人友人が旅立ちました。

壮絶な生き様でした。

泣き言を言わず、いつも前を向いて、
呆れる程のポジティヴシンキング。
大抵のことでは驚かない私や私の知人たちも、
貴女の発想と行動力には本当に目を瞠ってばかりでした。

余命3ヶ月、長く持って半年。
だけど、その宣告を受けてから1年と2ヶ月。
生きて、生きて、生き抜きましたね。


「12月は、私が一番好きな季節なの。」と言った貴女に、
「だからって、12月に逝こうなんて思わないでね。」と返した私。
無理を言ってしまったのではないかと、ちょっとだけ気にしています。

良かったね。もう、痛くないね。
きっともう、哀しい表情はしてないね。

「きっと、5.60年。どんなに遅くても100年も経たない内に、
みんな来るでしょう?
ちょっと先に、良さそうなところ捜しておくね。」

なんてうそぶいて、それでも

「またね、っていう挨拶が好き。また逢えるよね?」

って、最後はいつもその言葉。


明日年賀状を手渡しに行く予定でしたが、残念ながら叶いませんでした。
あまり未来の約束をするのは好きでは無いのですが、
先日逢ったときに「じゃぁ、またね」と言って別れてしまったので、仕方ありません。
人が死んだらどうなるのか、私には全く分かりませんけれど、
それでも。
いつか、また逢いましょう。

それから、もう一つ。
私が私である限り、貴女のことを決して忘れない。
哀しみを約束に代えて、私も生き抜きましょう。


じゃぁ、またね。
# by blessing_air | 2009-01-03 20:32
旅立ちの時
主よ御許に近付かん
登る道は十字架に
ありともなど悲しむべき
主よ御許に近付かん

主の使いは御空に
かよう梯の上より
招きぬればいざ登りて
主よ御許に近付かん

現し世をば離れて
天がける日来たらば
いよよ近く御許に行き
主の御顔を仰ぎ見ん



約束では無かったけれど、果たしたかった夢がありました。
それでも、時の流れは全てを望むように叶えさせてはくれないものですね。
無理な延命処置を望みはしません。
もし、夢を果たすチャンスに恵まれるのならば、それは幸せですけれど、
それに拘る余りに「訪れた時」を迎える心構えを打ち砕くようなことは、
決して望まないのです。

今夜、私の知人が生を終えようとしています。
生き抜いて、生き抜いた女性です。
私は未だ、彼女と同じ道にはありませんが、
真実「神」を愛し、神に愛された女性でした。

感謝を。愛を。
私がもし涙を流したなら、
それが天に昇る貴女の勲章となって輝きますように。
# by blessing_air | 2008-01-09 21:59
まったり、まったり。

歌、と一口に言ってもそれこそ様々なもので、
表現方法から目的、まさに千差万別ですね。
旋律の無い歌や、あるいは声の無い歌、音すら無い歌というものも
また存在するわけです。
日本で言えば、俳句や和歌がまさしくその類、
聴力を使用せずとも「歌」を感じることが出来ます。
(極稀に。例えば中原中也の詩のように、
 音読することで一層の進化を遂げ真価を発揮する、
 というものも存在しますね)

と、歌論を書きたいのではありませんでした。
今日は、静流のブログにあった「子供向けの歌」の記事に因み、
私の好きな「子供向けの歌」を紹介したいのでした。

それは、NHKのアニメ「おじゃる丸」のオープニングです。
たしか、「詠人(うたひと)」というタイトルだったと思います。
うろ覚え且つ、アニメで紹介されている部分しか知りませんが、
記憶を元にその世界観を記してみます。

♪ 夢を描いて 青い空見れば
   届く気がして 余計に哀しくて

  ぽつぽつ雨が降りゃ 乾いた土に生命が芽生え
   にっこり花が咲く

   まったり、まったり、まったりなぁ
   急がず 焦らず 参ろうか    ・・・♪

数年間の外国暮らしを終え、帰国して最初にテレビを着けた時に、
この歌がTVから流れてきて、度肝を抜かれたことを覚えています(笑)。

以下、Estrella視点による歌詞の解釈

夢を描いて、青い空を見上げた。
青く、青い空。それをじっと見ていると、まるで自らの手が届く気がした。その空に。その夢に。
だからこそ、知ってしまうのだ。
決して届きはしないことを。叶いはしないことを。

それでも空を見上げることをやめられずにいたら、雨が…。
空から、自らの生きるこの地に、雫が降り注ぐ。
乾ききった大地を、癒していく。
視線を大地に戻せば、新たな生命が芽吹き、そのままに花を咲かせる。
驕ることも示威することもなく、ただそのままに、生の輝きを穏かに放って。

参ったな、と私は内心苦笑する。
今は、届かない。決して届くことは無い。もしかすると、永久に。
それでも、留まることは出来ない。このまま腐ることなど出来るはずもない。
ならば、歩こうか。のんびりと、まったりと。
(この大地の果てに。この行路の果てに、空があることを信じて…)





もう少し俗な解釈を入れて、分かり易く組み立てなおすとしたら、
堕天系のファンタジーすら作れそうですね(何)。

ちなみにこの歌、歌っているのは日本人の心をコブシに乗せて、の北島三郎さんです。
演歌は、通り一遍の有名どころの知識しかありませんが、
昔はサッパリ分からなかった私も、「サブちゃん、いいなぁ」なんて開眼するきっかけとなったのが
実はこの歌だったりします。
NHK教育テレビで午前7時30分から午前8時くらいの間にやっていたような気がします。
(現在のタイムスケジュールはよく知りませんがっ)
興味を持たれた方は、ぜひチェックしてみてくださいね♪
# by blessing_air | 2007-06-09 12:58 | 生存証明
花について
唐突ですが、花を育てるのが苦手です。
サボテンを枯らしたときには、それを送ってくれた友人に
「知ってる!?サボテンって、砂漠でも生きているんだよ!?」と
涙混じりにお説教されました。
(多分、留守がちなことが多いせいだとは想うのですが…。
 毎日日光に当ててあげたりとか、出来ないですからね…)

「緑の手」というのは、ガーデニングに天才的な才能を発揮する方を
例えていう言葉ですけれど、
本当に素晴らしいなぁ、羨ましいなぁと思います。
実際はそこまで卑屈なわけでもないのですが、
植物を上手に育てられる人を見ると、人間という生物としての格差を
痛感させられるような気さえ…^^;

そんな私は職業柄、どさっと花束や鉢植えを貰う機会が多く、
「ごめんね、ごめんね」と心の中でお花に謝りながら、
びくびくと部屋やベランダに飾ります。

現在、花束は1週間経過しても「まだまだいけるゼ」的開花状況。

一方、鉢植えは「これからどんどん、蕾が開いていきますからね~」と言われたのに
元気が無くなっていくばかりで…(涙)。
どなたか、鉢植えの上手な扱い方、ご存知無いですか……。

# by blessing_air | 2007-04-21 14:07 | 生存証明
はじまりのお話。

ネット上で自らを表わす名前として選んだものの一つに「セレティ」という名があります。
私の親しんだ、ある国において「愛する」という意味を持つコトバです。


私の愛する空。私の愛する風。私の愛する音。
私の愛する香り。私の愛する建物。
私の愛する街。私の愛する国。
私の愛する世界。私の愛する人々。
私の愛する…。


愛することには、覚悟もまた必要です。
私はとても臆病な人間ですから、
愛するときには、とてもとても。
それはもうとても大変な覚悟を持って愛します。

世の中には色々なことが起きます。
たかだか何十年の人間の生、その僅かな時間でさえ。

それでも私は生きていたい、と思います。
死が…。生きとし生けるものに唯一、確実に約束された未来が
向こうから訪れるその日まで。


その日まで、私は愛し続けたいと思います。
私の愛する空を。私の愛する風を。私の愛する音を。
私の愛する…。



# by blessing_air | 2007-04-18 22:47
< 前のページ 次のページ >